Domoru_tt's Blog

吃音(きつおん)や趣味の海外旅行、Kpop、コーヒーを中心に好きなことを書き綴りますぜ。

もう1人の僕!?吃音の二重人格的な側面

こんにちはTTです。

 

自分であって自分でないような吃音(どもり)についてお伝えしますね!

 

私と同じように吃音が悩みの方や、吃音について知りたい方にオススメの記事です。

 

 

 

 

 

吃音とは

吃音とは、全人口の1%が持っている言語障害。

 

つまり、成人の100人に1人に見られるという計算です。

 

正直どうやってこの数字を割り出したのかはよくわかりませんが。

 

「あれ?意外と多い?」

 

そう思われた方。

 

なぜかと言うと、吃音は十分に認識されていない障がいだからです。

 

吃音が社会から認識されにくい理由につきましては、前のブログで綴ってありますので、宜しければお立ち寄りください!

www.domoru-tt.com


 ところで、吃音を持っている人で言いますと。

 

田中角栄やマリリンモンロー、そして英国王のスピーチに出てくるジョージ6世がいます。

 

世界的に有名な人も実は吃音症だったのです。。。

 

症状はと言うと、この3つです。

  • 連発(語音の繰り返し)「わ、わ、わたし」、「そ、そ、それで」
  • 伸発(語音の引き伸ばし)「わーーたし」「そーーれで」
  • 難発・ブロック(語音のつまり)「......わたし」「......そっ...れで」

出典:吃音ポータルサイト

 

自分であって自分でない

どういうことか???

 

上で申し上げた通り、吃音には3種類の症状があります。

 

以下からは、「自分であって自分でない」というのを連発と難発を例に挙げてお伝えしていきます。

 

(連発と難発を取り上げたのは、私自信がそれら両方を経験しているからです)

 

 

連発編

私自身、どもり始めた頃はなぜどもっているのかが全くわからなかったので、

スムーズにどもることができていました。

 

「え?どもるのにスムーズって矛盾してない??」

 

というのも

 

連発は自分自身をコントロール出来ない。より正確に表現すると、コントロールしようとしていない。

 

という状況。

 

なので、どもる自分を無理に制御せず自由にどもらせる事が出来るのです。

 

伊藤亜紗さんの著書「どもる体」で彼女が吃音当事者の方を対象にインタビューを行っていたのですが、その中の山田舜也の言葉が印象的だったので引用してお借りします。

 

著者は連発を「タガが外れた状態」と表現し、その状態を山田さんが説明する一幕。

 

山田さん「楽にどもれている、というか。だから吃音症状は出ますが、吃音で苦しいっていう感じではないですね。」

 

このことからわかるのは、やはり連発はスムーズにどもれるということです。

 

(もちろん個人差はありますが。)

 

今考えれば昔は楽にどもれていたのかなぁ、と。

 

なんだか客観的に吃音を見ていくのって新鮮です。

 

 

難発編

申し上げました通り、私は連発から難発へ移っていったタイプです。

 

なぜ難発になったのかというと、スムーズにどもれていた自分を意識的にコントロールしてしまったから。

 

私も最初は山田さんのように楽にどもることができていたのですが、周囲のからかいやそれに伴う羞恥心の芽生え等を経験し、 次第にどもる自分を制御するようになりました。

 

例えば、たまごという場合。

 

制御する前は「った、た、た、た、たまご」と言っていた私。

 

次第に「.......、ったまご」と言うようになりました。

 

若しくは「たまご」を「エッグ」といったように、どもらないようなほかの言葉に言い換えるという手法を用い連発を回避する癖がついてしまいました。

 

どもりそうな時は感覚で次の言葉はどもるな、と分かるものです。

 

なので、難発の方は自分が本当に伝えたい言葉を好きな言葉や的確な表現で伝えることが難しいと言えます。

 

喋り方を制御した結果、表現の自由が失われたと言ってもいいでしょう。

 

 

 

自分では制御不可能?

これまで連発と難発を元に説明してきました。

 

どちらも喋っているのが自分自身なのにもかかわらず、その喋り方を自由自在に制御する事が出来ない。

 

連発ではそもそも自分自身が「タガが外れた状態」。

 

故に制御不可能。

 

難発では制御をした結果、本来の言語能力が制御不可能に。

 

それはまるで、自分であって自分でないような何とも不思議な感覚なのです。 

 

 

もう一人の僕!?

 

そのフレーズ。

 

 

どっかで聞いたことがあるような。。。

 

 

 

 

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出典:ニコニコ大百科

そうこの男!

 

武藤遊戯のもうひとつの人格、闇遊戯。通称「もう1人の僕」

  

私は、吃音という言語障害と自分なりに向き合っていくうちに、ある1つの説にたどり着いたのです。

 

それは、吃音もう1人の僕説

 

 

混乱するので、説の提唱時以外は呼び方を表遊戯闇遊戯に統一いたします。

 

遊戯王というアニメを知らない方でしたら、寄生獣のミギーなどのいわば二重人格が題材のストーリーを想像してもらえばわかりやすいかなと思います。

 

早速こちらの説を紹介していきますよ!

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出典:ニコニコ大百科

上の彼は、先ほどの闇遊戯の本体、武藤遊戯。

 

それがある出来事がきっかけで、闇遊戯(別人格)がこの表遊戯の体の中に共存し始めます。

 

設定としては、2人の内どちらかが現実世界に存在するとき、そのもう片方は一方の心の中に存在するというもの。

 

つまり表遊戯が現実世界に存在するとき闇遊戯は彼の心の中に存在しているのです。

 

その逆も然り。

 

彼の二重人格である闇遊戯が表れるのは、基本的に「闇のゲーム」を行うとき。

 

(命をかけて行うバトルなので頻繁に行われるものではありませんが)

 

つまり、闇遊戯が現実世界に姿を現すのは特定のタイミングということ。

 

最初は闇遊戯が予期せぬタイミングで自分と入れ替わり、現実世界に登場する事に戸惑いを見せていた表遊戯。

 

ですが、お互いに言い合いになったり、壮絶なデュエルの末精神がおかしくなったり、と色んなトラブルを経てそれを乗り越えていくうちに。

 

ついに2人は互いに信頼し合うようになっていきます。

 

 

闇遊戯自身も最初は冷徹で過激な発言も目立っていましたが、遊戯と関わっていく中で正義感や友情にを大切にするようになります。

 

そんな2人の関係性は、吃音症と通ずる所があるのではないでしょうか。

 

表遊戯が私で、吃音症が闇遊戯だとしましょう。

 

私が吃音と出逢った頃の記憶。

 

それはその謎の症状が故に面食らった、というもの。

 

闇遊戯が表遊戯とランダムで入れ替わるように、私の連発は予期せぬタイミングで現れるようになりました。

 

しばらく吃音と暮らしていくうちに、次第にそれがどんな言葉を発する時に出やすいのか、という事が分かるようになりました。

 

ちょうどそれは闇遊戯が「闇のゲーム」という特定のタイミングで登場する事が分かった時の表遊戯の様。

 

私にとっては、当初の闇遊戯のダークな印象と同様に、連発はネガティブなものと認識していました。

 

結果私はその連発の症状とうまく付き合うことができずに連発を制御し始め、次第に連発は私の心の中で息をひそめる事に。

 

現在私はその連発を隠すことが癖というよりも、もはや体の中で自動化されたので難発という症状に陥ってしまいました。

 

一方表遊戯は闇遊戯とうまく折り合いを付け、最終的に2人のデュエルの末表遊戯が勝利し、闇遊戯は冥界へと旅立っていったそう。

 

こんな夢のような事が起こって吃音がその当事者から消えてなくなる、なんてことは滅多にないとは思いますが。。。

 

しかし、この表遊戯と闇遊戯の関係性のように、吃音を持つ体を受け入れ、上手に付き合っていくことには意義があるのではないかと私考えます。

 

私はこの自分であって自分でない「もう1人の僕」と一生付き合っていくことになりそうです…。

 

もう1人の僕「頼むぜ相棒!!」

       私           「.......。TT」

 

 

まとめ

いかがでしたか?

 

吃音症という一種の言語障害について少しでも理解していただいたり、興味を持って頂けたら嬉しいです。

 

「吃音をアニメのキャラクターと一緒にするな!!」

 

という意見もあるかとは思いますが、決して吃音の症状のことを揶揄しているわけではありません。

 

少しでも分かりやすく吃音の症状をお伝えするための私なりの工夫です。

 

もちろん吃音の症状には個人差があるのでこの説が吃音当事者の方も誰にでも当てはまるというわけではございませんので悪しからず。

 

少しでもこちらの記事が皆様のお役に立てたなら嬉しいです。 

 

御一読ありがとうございましたTT 

 

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