「吃音はそもそも病気なのか?」について考えみた

どうもTTです!

 

今回は、吃音はそもそも病気なのか?について自分の考えを述べていこうと思います。

 

この記事は、

  • 吃音で悩んでいる方
  • 何らかの障がいや病気を持っている方
  • 「病気」という概念に懐疑的な方

に特にオススメの記事です。

 

 

吃音はそもそも病気なのか?

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病気ってなんだろう?

ある日友達に「最近はなんでも病名つけるからなぁ」と言われてから、その言葉が頭から離れませんでした。

 

たしかになぁ~、と。

 

テレビやSNSなんかで病名を聞いて、「なにその病気?」と思う事はよくあるのではないでしょうか。

 

それだけ、聞いたことのない病名が数多存在するということです。

 

ここで私が思った事。

 

それは、なんらかの症状があってもそれに対応した病名がなければ、それ自体は病気とは言えない。

 

つまり、「病名」がなければ、社会的に障がい者と認識されることはないのではないかということ。

 

 

 

吃音は病気なのか?

私が吃音持ちなので吃音症を例に挙げますね。

 

私は中学の頃から、なぜか特定の言葉が発しにくい状況にあります。

 

なぜか?

 

理由はわかりません。

 

周りの目を気にし過ぎているから吃音になる、という研究もあります。

 

ですが、私の場合は吃音になったから周りの目を気にしてしまうようになったのか、それとも元々周りの目を気にする性格が故に吃音になったのか。

 

自分でもわかりません。

 

当時、私はどもる事はただの「癖」くらいとしか思っていませんでした。

 

年齢を重ねるごとに明らかに癖とは異なるもどかしさを強く感じ始め、自分の症状についてネットで調べるように。

 

そこで、「吃音症」という言葉を発見しました。

 

先ほどの考え方で言うと、「吃音症」という言葉を発見するまで、私はある種の障害を持っている、と言うことに気づいていなかった事になります。

 

何かおかしいとは思いながらも、決して病気のような類いのものではない、と信じて疑わなかったのです。

 

となると、吃音という「病名」を知らなかった私は、社会的に吃音ではなかったのです。

 

ところが、吃音という病名を知った瞬間、私は社会的には吃音者ということになったのです。

 

 

 

病名はネガティブな物なのか?

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病気というネガティブな概念は本来人間の創造物で、そこに病名という名前が加わることでそのフィクションをさらに強固なものにしています。

 

今やその「病名」が人間界では当たり前のように使われているのです。

 

言葉を操るのは人間だけだと言われていますが、チンパンジーは鳴き声で、イルカはエコロケーションでコミュニケーションを取ります。

 

コミュニケーションの取り方は人間とは異なりますが、この両生物も確かに「言葉」を操っているのです。

 

私は生物学者ではないので、ここから先は単なる想像になります。

 

例えば、イルカ達の社会で、エコロケーションを自分の思い通りに操る事ができないイルカちゃんがいるとします。

 

そうなると、そのイルカちゃんは、なぜ上手くコミュニケーションが取れないのか、なぜエコロケーションが自在に操れないのか、という悩みを抱えるでしょう。

 

イルカ社会に、人間社会のようなインターネットが存在すれば、そのイルカちゃんは、自身の症状を「吃音症」という病気だと知る事が出来ます。

 

しかし、イルカ社会には病気、病名という概念が(恐らく)存在しないので、一生をかけてもそのイルカちゃんが自身の症状を知る事はないです。

 

故に自分が障がい者であるという事実から逃れられるので、病気というネガティブな側面からも逃れる事が出来ます。

 

 

 

「病名」がもたらす幸福?

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しかし、本当に病気というネガティブな側面から逃れられる、という理由で病名が存在しない方がいいのでしょうか。

 

確かに「吃音症」という病気が存在しなければ、少なくとも「障がい者」として苦しむことはないでしょう。

 

その一方で、もしそうなれば、当事者は自分の症状がなんだか分からないまま過ごさなければならない。

 

つまり、一生をかけても拭うことの出来ない不安と共存しなければならないのです。

 

その症状を不安と感じるか否かでは、やはり個人差が大きいという事は念のため言っておきます。

 

私は当時、時に不公平とも感じた「思い通りに喋れない」症状に言い知れぬもどかしさを感じていました。

 

しかし、その症状を調べてみて、それに合致する「病名」が出てきた時。

 

絶望とともに、安堵の気持ちが私を包み込みました。

 

「自分の症状=?」という式が、「病名」を知ることで「自分の症状=吃音=病気」という答えを持つ式になったのです。

 

自分の症状の答えが分かり、なんだか安心。

 

普段は、答えがひとつと決めつけるよりも多様性を尊重する方ですが、病気について考えてみると、病名はこれです!、と言われた方が、不確定要素が減って良い気がします。

 

医師から「原因不明の病です。」と宣告されるよりも、聞いたことはないけど歴とした病名を伝えられる方が良い気がしませんか?

 

少なくとも吃音当事者の私はそう思います。

 

 

終わりに

「なんでも病名つけるからなぁ」という友達の言葉について考え込んでしまいました笑

 

なんにでも病名を付けることで、そのネガティブなイメージがまかり通ってしまう一方、病名が存在するからこそ得られる一種の安心感もあるのではないか?、と言うことについて今回はお伝え出来たと思います。

 

 

少しでもこの記事が皆様のお役に立てたら嬉しいです。

 

それでは!!

 

 

御一読ありがとうございましたTT

写真→出典:photo AC